ネムリコの本当の名は、加川りつ子といいます。家は、春日町の春日神社の鳥居の前を右にまがって、左がわの角から三軒目にあります。家族は、お父さんとお母さんと、それからとし子ねえさんの、四人ぐらしです。
ネムリコのことで、はっきりわかっているのは、たったこれだけです。
こんな書き出しで始まるこのお話は、りつ子の見る夢を軸とした物語です。
ネムリコというのは、夢の中に登場する自分に、りつ子自身がつけた名前です。りつ子は、空を飛んだり、犬のタイチを洗濯機で洗ってしまう、自分よりも元気で、自由奔放なネムリコの登場する夢が、大のお気に入りでした。
けれども、ネムリコがりつ子の夢に登場するようになったのには、訳があったのです。―――――
この後、りつ子はネムリコのおかげで、ある大きな危機を乗り越えることになります。このあたりの深刻な背景を、児童書の中に盛り込むこと自体、佐藤さとる先生にとっては、一つの挑戦ではなかったかと思います。
そもそも夢とは、いろいろな意味で暗示的な要素が秘められた、謎めいた存在だと思うのですが、この作品は、夢が持つそういう不可思議な側面を、深刻なエピソードに結びつける事によって、強調し、際立たせています。
また、夢を生き生きと描き出す事によって、エピソードの深刻さを和らげ、児童文学として、楽しんで読める要素を引き出しています。
この話は、ある意味、夢のもつ癒し効果を全面に出した作品とも、人間の生命力が秘めた治癒力の強さを、歌い上げた作品とも受け取れるように思いました。
それから、冒頭に書いた部分は、ネムリコの登場する無秩序な夢の中の唯一の秩序として、物語の中では、定義付けられています。
これは、ネムリコの登場する夢が、りつ子にとって特別な存在であり、ただの夢ではないことを強調するための設定だと思うのですが、夢の内容に、リアリティとリズム感を演出するためには、必要不可欠な設定だったと言えるでしょう。佐藤さとる先生らしい手法だと思います。
私は、子供の頃、ネムリコの不思議な冒険に目を奪われて、ネムリコが登場する夢を、ひたすら楽しんでこの作品を読みふけっていました。
現実とうつつの交差する、不思議なリズム感は、私にはとても心地よいものだったので、このお話はかなり気に入っていた覚えがあります。
実は、このレビューを書くために、久々に読みなおしてみて、エピソードの深刻さに、少々ギョっとさせられていたりします(^^;
自分の興味ある部分にしか、目が行かないのは子供のころからの習性だったらしいと思いつつ、このレビューを書いていたのですが、かなり、大人の視点に立った、堅苦しいレビューとなってしまいました。
児童書は、ナチュラルな気持ちで作中世界に入って行くのが、一番楽しい分野だと思いますので、このようなたわごとは無視して、作中世界を堪能していただけたら嬉しいなぁ、と思っています。(・・・ブックレビューのイミ無いですね。申し訳ありません★)
この本は1962年、「童話」という雑誌に発表されました。その後、1966年に「短編集 そこなし森の話」(実業之日本社)に収録、出版されました。
他に、佐藤さとる全集12(講談社)、佐藤さとるファンタジー全集14(講談社)、講談社文庫佐藤さとるファンタジー童話集Uに収録されています。
(2002.10.8.UP)
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